ブログ

特定非営利活動法人兵庫県若者らの自立を考える連絡会 ひまわりサロン網干のブログです。

ブログ一覧

保育園児の農業体験

前月号で書いた訃報のお知らせからはや1か月が過ぎました。

悲しみに暮れている間にも毎日日は過ぎていきます。今年も保育園児によるイチゴ狩りが終わりました。園児達の顔を見ていると悲しみも忘れていきます。当日はいいお天気に恵まれ、ゴールデンウイークの次の日でした、中播磨からは農副連携で職員の人も参加していただきました。当日事業所にお一人が場所を間違えてお見えになりました。園児達も県からは支援企業(加古川お菓子のマルハン)さんからのお菓子をいただき皆満足そうでした。イチゴも今年は大きく育ち、皆美味しそうに口にほうばり美味しいの連発です。よかったよかった。1年かけて準備をするのですが、あっとゆう間に終わりますイチゴが高くつくのがわかります。今は毎日夏野菜の準備に追われています。5月は個別支援計画書の作成月にあたります、そんなこんなで毎日がアッと過ぎていきます。まだまだ頑張るぞ!

それからここ数年、個人で1か所の区画を自分の好きな作物を準備して、育てることをしています。道具に水肥料は皆用意をしてあげています。そんな企画をしていると今年はトマトの逆さ作り、自然放置農業、電気農業と色々アイデアーも出てきます。結果はわかりませんが、これはいいことだと感じています。そこに一人の高齢の人が参加を申し込んできました。自分の居場所作りのようです。こんなことが農副連携ではないだろうかなと考えています。

耕作地 1番上からヨッシー君・2番目が児さん・3番目が私・4番目が農園長・まだまだ続きます。そのあとは次の号で載せたいと思います。

訃報のお知らせ

悲しいお知らせしなければならないことが起こりました

NPO法人兵庫県若者らの自立を考える連絡会の利用者であった、(ハンドルネーム邪悪な三の字君)

(私の息子のような子)が4月13日に急死してしまいました、ひまわり機関紙では特徴のある表現で記事を書いていた彼。

1月が誕生日で今年ちょうど50歳になりました。自宅から雨の日も雪の日も自転車で通い続けていた彼、毎日毎日私と一緒にひまわり畑に通い10年になります。畑までが約30分の工程です。その間いつも私の横に乗車して彼の子供の時から現在に至るまでの色々な事を私に話しながらの道中でした。

ある日には歌を歌い、そして歴史が好きだった彼との昔談義、学校が九州だった事もあり

九州の田原坂・五木の子守唄・九州の友達のこと色々・三の字君には少し障害があり子供の時にはそれがもとで皆にいじめにあい、先生にもよくたたかれたこと、私はそれを聞きながら胸が熱くなることも多々あり目には涙が流れることもありました。でも彼は言い返すこともなくがまんを続けて今まで来ていました。少しがまんをすることをやめて怒りの表現の出し方から私に反発をすることが出来るまでになってきました。やっと怒るとゆう事が出来るようになってきたなと思っていたところです。

亡くなる前日には私との電話で、余りにも首が痛いとの事、今日は休んで病院に行ってきますとの事、よく先生に説明をしてみてもらいなさいよと言って電話を切りました。、そして次の日の朝に親御さんから息子がなくなりましたとの電話うそ....

電話で説明を聞きながら涙が止まらず話が聞けませんでした。でも本当のことでした。誰よりも早く出てきてお早うございますと言って事業所の前に販売をするものを並べていてくれた彼...

ここ毎日やはり彼の姿がありません こんな記事を書きながら又涙が流れてきます。 

おーーーい かえって来いよ................

在りし日の三の字君

農福連携コンテスト

農福連携コンテストに参加してきました。場所は神戸教育会館でありました。参加者は6事業所で行いました、私はくじ運がいいのか悪いのか1番手でした。なかなかプレゼンをする機会がないので、上がってしまいましたが、当日には、私たちの事業所の成り立ちから現在に至るまでの生い立ちを時系列に並べての発表になりました。私としてはうまく発表出来たかなと思いました。その後の皆さんはうまくパワーポイントを使いながらの発表でした。

聞かしていただいているうちには、フーンと感心することが多々ありました。しかし....国・県の農福連携と私が長い間温めてやってきた農福連携とはいささか感じるところが違うように感じてきました。言葉で言い表すことは簡単ではないと思いますが、国・県これにも一理あるなと思うことがありました。私は農業の土いじりを通じて人間の再生を目指してきましたが、方や障がい者の就労を主にやっていくことを目標としています、こんな中合致するところは、兵庫県の障がい者の工賃が日本の国では最低クラスだとゆうことがはっきりしました。私はそのことを訴えましたが、

皆さんあまり関心がないように思えました。プレゼンの中で、我がひまわりサロン網干では毎日出来た商品を販売することに一生懸命ですが、行政の人たちとのギャップは埋めがたいものがあるように思えます、昨年度は1年かけて行政側の人から17,000円の買い入れをいただき、1昨年は0円でした。おそらく他の作業所さんも似たり寄ったりだと思います。もっともっと協力がいると思います。そんなことをお話をしてきました。これからもめげずに頑張っていこうと思うことでした。

菊芋畑の土壌再生・果樹の移植

菊芋畑の土壌再生のための工事、昨年・一昨年と続けての菊芋の生産が思うようにできてくれません。

それで畑の土壌改良のための資材を入れています、菊芋畑には米ぬかを2回1か月ごとにまぜ繰り返しました。馬糞をその間に1回もみ殻を1回、今年はこれでやっていこうと思います。今全体会議で事業所の菊芋パウダーに、イヌリンがどれくらいの数字化で出せるか検討しています。専門業者に依頼して検査してもらうことにしました。そしてマーケチングをして此処とゆうところにターゲットをしぼり攻勢を強めようと思います。

果樹園の方からは地主さんの都合により、果樹自体の移動を余儀なく依頼されて今移植中です。根付いてくれるかどうかはわかりませんが皆で頑張っていくこととしました。

不登校から母として教師として

昨日は建国記念日でした。そんな中丹波市柏原町の社会福祉会館で、不登校から(母として教師としての表題で)子供の人権について考える講演会がありました。

講師は坂本則子氏(京都府宇治市出身)でした。

母として子供を二人抱えて、毎日毎日の職映えの通勤でした。当時その勤務する学校は大変荒れていて自分は先頭に立って3年生を指導していましたから講演が始まりました。

いつの間にか自分の2人の子供たちがもう学校には行きたくないと登校拒否になって行きました。私たちが行っている不登校からひきこもりまでの表題にそっくりな内容に出会いました。

当時坂本氏は母として、教師として大変な思いで過ごされたと察します。でも今その経験を基にお話が出来るようになったことが大変すばらしく感じたところです。

これからも色々なところで講演をなさると思います頑張ってくださいと表敬訪問をして帰ってきました。最後に質問時間があり少しだけお話をさせていただきました、一人の質問者が今わが子が不登校で困っておられる質問がありてきぱきとお答えになられていました。